September 13, 2005

ひとりで怖い映画ミル。

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CUBEっていう映画。

97年のカナダ映画で、サイコ・サスペンス。
いや、サイエンス・サイコ・スリリング・サスペンス。
さらに、ちょっとスプリッター。
無名の監督であったにもかかわらず、
(当時は、カナダ映画というだけで十分衝撃でしたね)
99年の日本のレンタルビデオランキングで、
数ヶ月1位を維持し続けた、脅威のヒットであった。

わたしの中で、間違いなく
怖い映画ナンバーワンはこれである。

大学一年のとき、雨の夜に、こんなに怖いとしらずに
一人で見てしまい、怖くて眠れなくなり、
6時間以上、いろんな友達に電話をかけ続けて、
その月の電話代が悲惨だった思い出がある。

そんな映画の続編「CUBE 2」を昨日借りて観た。

人それぞれ、「怖い」と感じるポイントは違うと思うのですが、
わたしの場合は、血とか、狂気よりも、
圧倒的に「数字」が怖い。
人間の作り出したものなのに、
論理的であり、明白であり、全く人情の入る余地がない。
さらに、圧倒的に無限である。

どういうストーリーかというと、

お互いに顔も知らない男女6人が、
白い立方体の部屋に監禁されている。

6面の壁には、それぞれ中央に一つずつ、ドアがある。
いずれのドアを開けても、隣の部屋に行ける。
隣の部屋も、全く同じ立方体だ。
さて、どうやって抜け出すか。

話はこれだけ。

だけど、何よりも恐ろしいのは、
ヒントがあることだ。
ちょっとネタばらしちゃうんですけど、
この各部屋には、(123,456,789)といった具合に
3桁ずつ区切られた9桁の数字が書いてあるのです。
それには二つの意味があり、その数字をある式に従って
計算することにより、情報が得られる訳であります。
ちょっと興味があって、ちょっとネタを予習しようと言う方は、
こちらで数式が読めます。
わたしはもう数式とか出てくると戦慄する。
怖いよお~~!
この恐怖が、数学苦手だった原因?(多分、別物)

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そんなわけで、この映画の怖いところは、
理不尽じゃないことにあるのであります。
どうですかね、、、意味通じます?

わたしの恐怖の理論をわかってほしいので説明します。
幽霊映画とか、エイリアンとかは、
いきなり後ろから出てきて「うわー!!」じゃないですか。
だから、その惨事は不可抗力ですよね。
だけど、CUBEの場合、つまり数字の場合、
惨事にならないためのヒントは与えられている訳です。
だから、自分の頭脳が足りなくて、
規則性を見つけられない、計算ができない、
ということが、必然的に惨事を招く訳。確実にです。

「必ず、正答がある」ということの、恐ろしさです。
それはつまり、「その解以外は、不正解。すなわち死」
という、圧倒的に冷たい恐怖なのね。

その絶対の規則性(=立方体)と、
まったく規則のないもの(=人間)との戦い。
その対比が面白く、
また、人間の愚かさが浮き彫りに成り、
そして、
勝敗は明らかだ。

どうですか、CUBE。
みてほしいなあ。

ちなみに、CUBE2の方は、1stよりも面白くない。
それは、3次元だったのが、4次元になり、
しかも規則性なくなり、「理不尽」が増えるからだ。
断然1stを見るべきだ。

以上。スペシャルナンバーワンレコメンド。

September 11, 2005

破壊衝動ってありますか。

9月11日だ。あの歴史に刻まれた破壊から4年。

ところで破壊衝動が時々起る。
わりと小さいときからで、好奇心とも言えるのだけど、
なにかを、壊すことのできる環境に置かれたとき、
壊してはいけないとしりながら、
めっちゃめちゃ壊したくなるのである。
例えば、中央線で電車を待っているとき、
一歩踏み出したら人身事故を起こせるぞ。
とか思うと、飛び出してみたい衝動に駆られる。
自殺衝動とは違うのだ。
わたしは自殺はしたいと思ったことはない。
単に、そういう機会を得たときに、
使っちゃ行けないけど機会使いたいっていう。

これって、みんなあるのかなあ。
わたし変ですか??

今任されている仕事、
私の指がこのボタンを押せば、
原子爆弾が発射される、
みたいな状況にいる。
(いや、実際そんな大げさじゃないんだけど、
きっと慣れてないから怖くてしかたない。
免許とって初めての路上みたいなもの。)

そうすると、無性に、押したくて押したくて、
汗が出たり、思考が止まったりするの。
私ノイローゼなのかなあ。
友達に聞いたけど、みんながみんなそういう衝動、
もってるわけでもなさそうだし。

みんなどうですか?


だけど、それは単なる甘え、のような気もする。
そんな可能性を考えること自体が不真面目。
自分が最終的な責任者ではないから言えるのか。
責任からは逃げられると思っているから言えるのか。

とにかく、今日、私はそれに近い行動をとってしまい、
しかもあまり自分では悪気がなかったことにショックをうけた。
わたしにはモラルや常識が、どこか欠けている。

責任。

それは賛辞とプレッシャーの巣だ。

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今日はそんなことがあって、
自分の適正に絶望してへこんだ。
井の頭線にのって涙が止まらず、
家についてから自転車で公園を駆け回り、
無人のコインランドリーをみつけて、
これに入って回りたい、と思った。

でも。
明日は選挙に行こう。
2時間くらい仮眠して、朝一で。
社会人としての責任を果たすんだ。

つぶれるもんか。

つぶれるもんか。


September 07, 2005

神戸休暇おわる。

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今日のおゆーはんは、芦屋で焼き鳥でした!
そして、今は吉祥寺のHOMEにいます。
新幹線って速いね。焼き鳥はほんの4時間前であります。
時速40kmの14号には負けずに帰ってきた。

神戸たのしかったなあー。
今回はのんびりだったし、
一人遊びの時間が長かったので、
必然的に紹介なしで自ら散策しなければならず、
結構いいせん行ったと思います。
芦屋と元町・三宮にかけては。

蘭嬢との話題は、まあ主に彼女のお仕事の
武勇伝と素敵な上司ばかりであることの
自慢話なのですが(笑)、
普段自分のいる世界と違う価値観の世界の話なので、
面白いって感じるのと同時に、
警報が鳴るのである。

この人はね、仕事ができると誰からも認められ、
また、それを正当に評価してもらえる環境にいるわけ。
ルーキーか、ベテランかに関係なく。
能力に応じて報われる、リベラルな会社です。

わたしんとこは、たしかに、職人気質で、
舎弟・師弟関係が微妙に残っているような世界で、
経験がよりものをいう世界なので、
自然と、
まじめに先輩の足跡をたどって時間を費やすのが
正解であり王道である

ようなきがしていた。

しかし、これはうちの先輩方もよく言っていることだが、
「やり方に、正解不正解はない」
そーなのだよね。先輩は分かっているのだ。
だけど、下が、誰もやり方を変えようとしないだけだ。
そんなことは思いも寄らないのだ。
先輩の築いてきたものに疑問を投げるなど。
下が悪い。頭使ってないのだ。

職種が違うということに甘んじて、
彼女のようなかっこいいお手本を脇におきながら、
わたしは自分のやり方を問い直さなかった。
あまり。
彼女はしょっちゅう、「効率が悪い」というが、
それが全ての改革のパワーの源だ。

別に私は異端児となって、
我が社に構造改革の嵐を巻き起こそうというのではない。
ただ、疑問を持とうという。
そして提案をしようという。
そーゆー決意だ。

既に私はわが社ではかなり異端なほうですが。
まだ仕事レベルの改革までいってません。
交流のない部署(営業さんとか)をスタッフの打ち上げで
呼んで劇団としての一体化を図ろうとか、
全劇場のスタッフルームに、コーヒーメーカーを
備え付けようという活動を実践している程度です。
まあちりも積もれば。


インスピレーションにあふれた神戸休暇でした。
楽しかったなあ。

::::最近のコメ::::