おでかけかんけい

June 24, 2017

嵐の沖縄旅行

結婚式と旅行が終わり、
おみやげと内祝を整理して、

なんとなく、
一段落しました。

今日は旦那さんが出張のため、
夜のこの時間帯がとてもフリー。
ジャスコのお惣菜で夕ご飯を済ませまして。

なのでちょっと、沖縄旅行のレポートを
書いてみようと思います!


DSC_0982

子連れでしたので旅程は無理せず、
3泊4日でサクッといきました。


まず往きの飛行機で驚きの発見が。

CAさん「赤ちゃん何カ月ですか?」
私「7カ月ですよ!」
CA「可愛いですね!歯が生え始めて!」
私「エッ、歯はまだ生えていませんが!」
CA「ん?下の前歯ありますよ、2本…」
私「エッ」

(確認)

私「ある、2本…」

なんとCAさんが親より先に見つけてしまった、
我が子の前歯でありました。


飛行機はキコにコーヒーをこぼされたものの、
心配していた気圧の変化によるグズリもなく、
無事、那覇空港に着陸。


しかし6月の沖縄…


海に入ったり、バイクに乗ったりしたかったのですが、
大雨洪水警報が出るほど、AKBも会場変更するほど、
連日の悪天候でありました。

なのでホテル満喫&ドライブ中心のプランに変更。
那覇空港でレンタルベビーカーをゲット。
レンタカー(NOTE e-power)に搭載して

いざ、出発!


沖縄4

まず子連れの初旅だったので、
ホテルをかなりリサーチしました。

ベビーフレンドリーな、口コミ評価の高い、
カフーリゾート・フチャク・コンドホテルに
泊まってみることに。

ここが、全く素晴らしいホテル!!!
公式サイトはこちら。
サイトを見ているだけでバカンス気分。


沖縄5

ロケーション的には那覇空港から1時間くらい、
恩納村の辺りにあります。

まず部屋が広い。
なぜかベッドルームが二つ。
キッチンも広いテラスもある。

下手すると自宅より広いわー。。

そしてベビーグッズのレンタルが充実!!
バウンサー、ベビーサークル、ベビーベッドに
バンボ、哺乳瓶消毒セットを借り、

ベビーに関係ないけどWiiも借り、
ついでにふくらはぎマッサージ器まで借り、
疑似セレブ感を与えて頂きました。

ホテル内のレストランでは、
頼めば離乳食まで出してくれる

さらに、今回は利用しませんでしたが、
ベビーシッターさんの出張サービスまであるのです!
ちょっと赤ちゃんを預けて夕食、とか
大人だけで海水浴、とかが出来ちゃうのです!!

子連れ旅行には非常にお勧めです。
逆に子連れでなければ、館内に子どもが多すぎて
落ち着かないかもしれませんが、、


二日目、朝はのんびりホテルから出て、
散策スタート!

沖縄1

私は本島へは中学校以来、来ていなかったので
よく勝手がわからず不案内でしたが、

本島って広いんですね!!!
車で走ると意外と時間がかかる…
その上、なんかナビが、嘘ルートを案内してくる…

なので遠出は極力しないようにして、
メインは1日1箇所に限り、のんびり行きました。


観光初日は水族館。
美ら海水族館は凄かった!!!
サメとエイが凄かった!!!
あと中国人団体客も凄かった!!!
ベビーカーに乗せていましたが余りの混みように
途中でカーを断念、抱っこに切り替えました。

そしてキコは、サメは怖くないけど、
イルカショーが怖くて大泣き。
もう少し大きくなったら、また来ようね。




沖縄2

翌日は、斎場御獄(せーふぁーうたき)へ。
琉球王朝時代、神事が行われていた
パワースポット。

植物と、岩に、力がある。
雨の森が、とても神秘的。

山道をキコかかえて、若干筋トレでしたが、
行ってよかった。




沖縄6

最終日は、沖縄ワールドへ。


それにしても「沖縄ワールド」って…

ネーミングもいまいちだし、
子供だましかと思いきや、
ここが意外とヒット!!

旦那さんは、生のハブ・ショーを
見ることが出来て大喜び!
キコはエイサーを楽しそうに見ていました。

沖縄7

写真がどうしても横になっちゃうのですが、
これは90度回して見て下さい、
鍾乳洞です。全長500メートルくらいある
超ロング鍾乳洞。

沖縄ワールド内にある、摩訶不思議な地下空間、
最初はすっごく面白かったのですが、
後半はほとんど見ないで駆け足でした。長すぎて。
沖縄の自然は、スケールデカ。

沖縄8


ばばに買ってもらった可愛い紺色の
おニューの水着は、着ただけで終わりました、、
「前撮り」だね。


そんなこんなで、毎日雨だったけど、
キコがどこへ行っても喜んでくれたので、
とっても楽しくなっちゃった
新婚旅行でありました。

子連れ旅行って大変だと思っていたけど、
全然違う旅の楽しみを見つけました。

これまでの私のぎゅうぎゅうに予定を詰め込んだ
ダイジェスト特急みたいな旅のスタイルから一転、

無理なくのんびり、各駅停車で行って、
家族の笑顔を楽しむ旅もいいもんだ、
なんて気持ちになりました。

沖縄9


唯一残念なことは、
パパが飛行機苦手であることが発覚したこと。
離着陸の度にド緊張していました。

次は海外旅行、と思っているのだが。。
パパは留守番で、二人でいくか、キコ。

それもいいな。



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March 05, 2016

裸押し合い祭

3月3日。

中越地方、浦佐。

日本三大奇祭のひとつ、
裸押し合い祭の開催日です。


浦佐はキッズミュージカルで通っている
魚沼市小出の隣町。

キッズのご父兄も多数参加するということで
ママたちに混ぜてもらって応援に行ったわけです。

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これが、想像を遥かに超える、超奇祭。
なんと1200年の歴史があるのです。

いにしえの征夷大将軍、坂上田村麻呂が
開いたという毘沙門堂。

そこに祀られている毘沙門天を
誰よりも先に拝む、というのが
押し合い祭の究極の目的なのだ。
なんたる浪漫!!!


夕方浦佐に着くと、すでにパパたちは
酒を飲んで身体を温めている最中。

学年ごとに秘密基地みたいな集合場所が
あって(いい大人が学年ごと、ですよ!)
そこで同期同士ワイワイやりながら
真剣勝負のスタンバイをするのである。


やがて日が落ち、
出番が近づいて来ると、
戦闘服に着替える。

つまり、晒と半だこ。
晒は肋骨を守るために締め上げる。

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そして時間が来ると、何箇所かに
分かれて指定されたスタート地点から
肩を組み、出発!!!

夜の闇の中に燃え上がる、
30kgの大ロウソクが男たちに伴走。

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「サンヨー、サンヨ」の掛け声と共に
町を練り歩き、毘沙門堂を目指す。

この日は屋台もたくさん出て
近隣の町からも見物客がたくさん来て
大賑わい。この行軍をみんなで応援。


闇に浮かぶ毘沙門堂の門前。
息を飲むほど美しく、
見たことないほど活気に満ちている。

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そしてここからが激しい戦い。

まず、雪の中、身を清めるため
凄まじい冷たさのうがいばちに飛び込む。

うがいばちとは、お風呂ほどもある
手水鉢(ちょうずばち)、
よく神社にあるアレ。
もちろん屋外であります。

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水の中にいる間、印を結びながら
毘沙門天に捧げる文言を唱える。

「オンベイシラマンダヤソワカ」
これ3回。震えて口が回らない。

そして本堂へ突進、あとは
お堂の奥の毘沙門さまに向かって
前の男どもを押しまくるだけである。


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(この写真はにいがた観光ナビより)

地元の多聞青年団の男たちが、
ディフェンスをしている。
最前列まで来て、彼らに選ばれた
精鋭のみが毘沙門さまを拝めるのだ。

30分近くに渡って押している間、
青年団が投げる福餅や木札を取り合う。

「撒けよー、撒けよ」と男たち
「撒くぞー、撒くぞ」と青年団。

ちなみに木札には賞品か書いてあり
日用品やお宝が当たる。

わたしはパパが取った「しょうゆ」を
おすそ分けしてもらっちゃいました。
越のむらさき、だぜー!高級!

クライマックスが近づくと
またもや大ロウソクとともに、
騎馬戦態勢の一団が流れ込む。

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正直、ルールはよく分からないのだけど
とにかくこの雪と炎と人間が
本気でぶつかり合う光景は、異様。


異様に美しい。


男たちは身体が冷えるので、
溶けたロウを体にも頭にも塗りたくって
暖を取るのです。

凄まじいです。火傷はしないらしい。

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毎年毎年3月3日、曜日に関係なく、
この祭は開かれ、町の人たちは
この日のために2日前から仕事を休む。

そして仲間と再開し、酒を飲み
肩を組み、年に一度の勝負をする。
毘沙門天に見守られて。

こんな浪漫を初めて目の当たりにしたのです。


私の住む新潟市は、
古くから湊町でこのような濃い祭はなく
本当に、羨ましくなってしまった。

そして体験できたことを心から
幸せに思います。


ちょうど、町の活性化について考える
機会がこの前日にあって
自分なりの筋道が見えた気がしたんです

が、それについてはまた次回。



裸押し合い祭。


男子だったらなあという羨望と
男子じゃなくて良かったという安堵が
同時に押し寄せた夜でした。

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February 07, 2016

冬に北欧。

ひっさしぶりに海外旅行しました。

親友・蘭子の住むストックホルムへ。

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当然夏行くべきですよね、北欧ですから…

寒いし、日照時間は短いし、
「オーロラを見るんでなければこの時期に来る意味なし」
と蘭子にも呆れられましたが、 

オーロラは見に行かない!
ただ単に、寒い時期に、寒い新潟から寒い北欧に行くだけ!

という趣旨の、突発的弾丸ツアー、
ヘルシンキ&ストックホルムの旅を敢行しました。
 

急に決めたのが三日前。
大寒波の襲来で、都内へ出る交通網が混乱していたので、
成田発より、雪に強い新潟空港からスタートした方が安全と
思われたので、新潟→大阪→フィンランドというルートに。

 
1日半かけて、ヘルシンキ到着!
15時半、日没…

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クリスマスでもないのに、街は電飾でいっぱい。
電飾大好きの私は、テンションだだ上がり。
路面電車も素敵。

ヘルシンキの街は、小さい。
中心部は歩いて網羅できる。

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ホテル素敵。
ヘルシンキのデザイナー、アアルトの家具で統一された
おしゃれな部屋。

ヘルシンキの印象は、
1、内装、食器、ファッション、何もかもがおしゃれ。
2、建物は、旧共産圏的。
3、夜間の室内照明が暗い。暗くておしゃれ。

レストランでも、ショップでも、
お店の中の照明がかなり押さえられており、
キャンドルとか、電飾とか、インテリアになる照明が多い。
後で聞いたら、これは夜が長いこの国の人たちが、
質の高い照明に拘っている結果なんだそうです。

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翌朝は9時に日の出。

スオメンリンナ島など、いくつかの観光名所を回る。
寒い。けど、思っていたほどじゃない。新潟くらい。

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好きな映画「かもめ食堂」のロケ地の食堂にも行ってみた。

地元料理の、トナカイの煮込みをいただく。
味はジンギスカンみたいで、ちょっと苦手。
でも、コーヒーは美味しい。

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フィンランド語が母国語だが、
誰もが綺麗な英語を話す。不思議だ。 


デザイン博物館など行ってみる。

デザインがとにかく可愛く、機能的。
また、子ども向けのエリアや家具が充実。

街中でもいたるところにベビーカー多数。

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とにかくシンプルで丸みを帯びた、
可愛いモノたちの街でした。

ヘルシンキは一日のみで、すぐにストックホルムへ。
 
蘭子と旦那様の暮らす可愛いアパートにお世話になり
2日半だけの快適で楽しい北欧生活。 

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物価の高いストックホルム。
家賃も驚くほど高い。税金も高い。食事も高い。
一回、マクドナルドでセットを頼んだら、1200円した。
 
食事はなんでも美味しい。
シナモンロールとミートボールが有名料理。

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味付けが日本人の下に合うのかな。
特に癖のある香辛料やハーブも使わないし
脂っぽ過ぎず、魚介が好きで。

そういえば、こちらの人、太っている人が少ない。
日本人ほど痩せては居ないけど、
食事で摂取する栄養素が似ているのかも。

 
旦那さまと一緒にみんなで焼いたクロワッサンの朝食。
蘭子のお家ごはんはいつも美味しい。

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お家は24時間あたたかく、
この家族も24時間あたたかい。
屋根裏の隠れ家みたいな、居心地のよい空間。

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街はヘルシンキとは全く雰囲気が違い、
とんがり屋根の、ヨーロッパ的街並み。 

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ここでも「灯り」は上質で主役。
「照明器具」屋さんもいっぱいあるし
キャンドルは全てのダイニングテーブルの必須アイテム。


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また、イクメン多数。
街でベビーカーを押す親の半分はお父さん。

公園にはベビーカー駐輪場があり、
子供専用エリアと、犬専用エリアがあり、
福祉大国とはこういうことかと納得。
 
みんな幸せなのか、
この国の人は、凄く優しい。

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帰る日の朝、 街を散歩し、図書館へ。
ぐるりと360°、本の回廊。
またひとつ、圧巻の機能美。

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長い冬の間の長い夜の時間。

その暗闇を質の高い美しい明かりであたたかく過ごす、
北欧人のこだわり。

商業性が排除され、計画的で機能的で洗練された街。


私は精神的にも物理的にも、ここが世界で一番美しい街
のような気がしました。

突発的にお邪魔したのに、
いつもながら大きなホスピタリティで
手厚くもてなしてくれた蘭子&ハイロ夫妻、ありがとう。

いろんな新しい発見があった旅でした。
まだまだ、世界は広い。


北欧の冬が見れてよかった。


けど、やっぱり、夏も来よう。
 

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June 23, 2015

ただいま戻りました、南三陸。

遅くなりましたが、6月10、11日と、また行きました~

今回で3度目の南三陸&気仙沼、両親と!


レポートさせていただきます。


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今回は両親が「行ってみたい」と言ってくれたのがきっかけ。

私もちょうどよく2連休だったので、1泊2日の強行軍でしたが
ちょうど、仮設住宅のおばあたちの様子も気になっていたので
季節もいいし、行ってきました。


震災から丸四年が経ち、果たしてどこまで復興がすすんでいるのか。
 
ということはもちろん気になるのですが、
今回は高齢の両親も居るし、
彼らの意思が「南三陸を楽しみたい」だったので、

初めて、観光メインの旅にしよう、ということになりました。

あたたかい季節に行くのも初めてです。
しかも絶好のドライブ日和になりました!


片道4時間半かけて、新潟から南三陸へ。
 

いつものルートは、東北道をずらずらーっと行って、
石巻あたりで高速をおりちゃって、そこから海沿いの風景を見ながら
2~3時間かけてのんびり北上していくのですが、

諸事情で早く目的地へ到着しなければならなかったため、
南三陸付近のインターまでずっと高速に乗って行ったので、
石巻や女川らへんの風景は見せてあげられなかったけど


とりあえず、無事にホテル観洋到着!

毎回お世話になっている、もと小泉自然楽校長、阿部さんが
絶景のお部屋を予約しておいて下さいました。


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両親大はしゃぎ。

そこから少し、町の中を見て見ようと言うことになり、
阿部さんの案内で、南三陸さんさん商店街、神割崎を一周り。

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こちらで買えるワカメ入り絆ロール、うまし!
あとかまぼこ、激うまし!!!お取り寄せ希望!!!

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町を走り始めて目に飛び込んできた風景は…

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渋滞を起こしそうなほど、次々と走ってくる、土を積んだ
何十台ものダンプカー、といそがしく働くショベルカー!

街中にどんどん、どんどん盛られている土!



やっと、やっと、ようやく、ようやく、

防波堤の高さが決まって、
町をかさ上げする高さが決まって、
町の土台作りが動き出したのです。


街中を、8.5メートルのかさ上げ。

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この土が動き出すまでに、丸4年がかかったのです。

外の我々からすれば、何故?と疑問が湧くほど長い時間が
過ぎています。でも、遅くなるには、それだけ複雑な事情があるのです。

幾度となく話し合いを繰り返し、
住民、町や市、県、国の意見が食い違い、

また幾度となく話し合いを繰り返し、
色々な立場の色々な都合がぶつかりあい、

感情を吐き出し、呆れたり、疲れたり、諦めかけたりしながら、
それでも、力を振り絞って話し合いを繰り返してきたに違いないのです。
それでも、まだまだ問題は山積なのです。

遅い!

と単純に呆れるわけには、いかないのです。

動き出した土に敬意を表したい。
毎日、区画整備の都合で道路の位置が変わる事態を、喜びたい。

トラックがガンガン働いている景色は、
前に進んでいるという実感の具現化であって、
とても気持ちのいいものでした。


でもかさ上げした町区には、住宅や、寝泊まりする施設はNG。
お店だけ。人が住むのは、山手になるのです。

津波の、教訓を、活かし…

でも、それって、生活区から離れた場所で、商売成りたつの…?
100年、1000年に一度の有事のために、それだけの不便を飲むの…?

動いていく土を眺めながら、住民の方々はそんな不安を
抱えているに違いないのだ。



しかし、私は、楽しむのです!!!!!



三陸産のウニとアワビ、とても美味しかった。
もう、ご飯が、何もかも、超美味しかった!

観洋の絶景風呂、両親も喜んでくれました。

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志津川湾には、牡蠣その他の養殖イカダが戻ってきていました。
もう、見渡す限りの養殖イカダ。昨年来た時の3倍くらい。

おかえり

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翌日もよく晴れて、まずはホテルの出している語り部バスに乗り、
震災時のお話を伺い、現在の町を見て回り、現状確認。

壊せ!
嫌だ!
壊せ!
じゃあ、壊す!
待て!壊すな!
いや、金がかかるからもう壊す!
じゃあ、金をやるから壊すな!

というおかしなおかしな議論が4年も続いている
防災対策庁舎に花を手向けました。

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両親も、阿部さんの説明を聞き、うなずくことしきり。

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志津川湾の観光遊覧船にのって湾をひとまわり。
ウミネコすごい!!大歓迎してくれました。エサあげたら。

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これが、牡蠣筏(イカダ)。

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田束山(たづかねさん)にハイキングに行って、
三十三観音と不動明王を拝み、湾を一望。気仙沼まで見えました。

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そして、仮設住宅のアイドル、小泉モデルクラブの面々に再会!


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この元気なおばーちゃんたちには、毎回、料理を教わったり、
お世話になっています。いっつも笑いが絶えなくて逞しい、
美女軍団。

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母もメンバーに加入を希望。「まだ若すぎる!」と言われちゃう始末。

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会えて、よかった!

来年6月には、仮設の撤去が予定されているそう。
5年に渡る仮設生活は本当に終わるのでしょうか。

そして、このなかよしのおばーちゃんズは、バラバラになって
しまわないのでしょうか。 

色々な心配はあるけれど、きっと、美女軍団ならやってのける!
と信じさせてくれる、笑い声でした。

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震災がなければ出逢えなかったけど、
震災とは関係なく、魅力的な南三陸。
そして実際のところ、震災があったからこそ魅力的な南三陸。

志津川湾から昇る朝日を見ながらお風呂に入りにきませんか!

ぜひ、多くの人に訪れてもらいたい町です。
ちょっと興味ある~という方、遠慮なくご連絡下さい。
阿部さんが面倒みてくれます、サークルや企業さんでも歓迎だそうです。


私の過去の記事もぜひお読みください。

2013年8月、仕事で女川町へ行き衝撃体験した際の記事
2014年1月に初、極寒の南三陸に潜入した際の記事
2014年3月、友達たくさん連れてすぐ戻った際の記事
2014年3月に参戦してくれた友達の感想


今年の夏も、ボランティアまだまだ募集!
もう「労働」というカテゴリーではないけれど、
地域が必要としている「交流」「学び」「互助」、まだまだできます。

①8/17~22 小泉地区仮設住宅交流プログラムプロジェクト
②8/17~22 小泉公民館落成記念郷土料理作り交流プロジェクト
③8/17~21 小泉地区中学生交流プロジェクト

その他8/13~16日で子ども夏祭りの互助ボランティアあります。

ひとりでも、団体でも、サークル、ゼミ、企業でも参加でき、
土日のみの参加や短期でも大丈夫。

参加資格は12歳以上の心身ともに健康な方です。
募集期間は7月31日までとなっております。


詳細はボランティアインフォ をご覧いただくか
とりあえず私にご連絡下さい。

とにっかく一度行くといいと思います。
海が、最高にきれい。
飯が、最高にうまい。

 
片道4時間半、運転ありがと~おとん。

レポートでした! 

nanaibashi at 10:28|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

April 05, 2015

アセンズです。梱包。

3月29日、29都市を廻った鼓童ワン・アース・ツアー2015神秘
北米ツアーは、 ジョージア州アセンズにて千穐楽を迎えました。

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通常は劇場なのですが、最後の会場はコンサートホール
だったので、舞台袖から舞台上を見ることが出来ず、
音だけ聴きながら、演奏者の姿を想像しておりました。

公演が終了した後、船便ケースに慣れた段取りで
楽器や荷物を凄い早さで収納していく手際に驚きました。

この人たち、本当にいつも、こういうことやっているんだなあ。


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そして、打ち上げ!!…と行きたかったのですが、
周りに飲み屋も店も一軒もない場所でしたので、
敢え無く断念して、翌日の長距離移動に備え就寝。

北米神秘は幕を閉じました。


今回のツアーでは、公演に関する仕事の他にも、

鼓童と長年関わりのある北米の様々な文化団体や、
鼓童の公演をサポートしている国の機関、行政団体との
交流も見させてもらったし、

この類稀なる多都市ツアーをいかに成りたたせているかと
いうビジネスモデルをほんの少しですが垣間見させてもらい、 

大変勉強になりました。


特に強く感じたことは、伝統芸能の力。
心を打つ、とか精神レベルの「力」ではなくて
もっと戦略的な意味での「力」「価値」を持っているということ。

私、以前にアメリカで演劇の勉強をしているときに、
とある日本人の役人から、「演劇には何の価値も無い」と
「貴方のやっていることはクズだ」など、
酷い罵詈雑言を浴びせられたことがありました。

耳を疑いましたね。
日本人の代表として海外に派遣されている人間が、
文化や芸術に対して、なんの理解もなかったということ。

ところがですよ。

今回もたくさん、そのような「日本の代表」の役人さんに
お会いしましたが、積極的に応援し、自分は理解している
という恰好を見せてくる(本心は分かりませんが)。

これが伝統芸能の力ですよ。


もちろん、その力を発揮できるのは鼓童の人たちの
確かな技術と、和太鼓の本来持っている歴史と魅力が
あってこそなのは言うまでもない。

ですが、日本に於いて舞台芸術というのは、能を除いて、
もともと反体制の叫びとして発祥し、既存の物に異を唱えて
発展してきた、反逆児の文化だったわけです。

歌舞伎にしても、最初は弾圧されていたわけだし、
戦時下での演劇は取り締まられていたわけだし、
小劇場第一世代も、当時の世相に反旗を翻して始まった。

時の権力者に愛されて育てられ守られた、
西洋の演劇や歌劇などとは明らかに生い立ちが違い、
それゆえに未だに、上品な印象を持たれていないのではないか。

(以上、全て私の独学による持論。
真実に則しているか否かはわかりません。)


ですが、今回この目で見た。余りにも歓待され、
余りにも積極的に受け入れられた伝統芸能という、
いや、鼓童という、武器の強さを。


今、鼓童は、伝統を重んじながらも、新しいエンタテイメント
として舞台を構成する挑戦をしています。

私が言いたいのは、この人たちだからこそ、
新しい事を試しても世界が受け入れてくれる。
そして日本の権力が応援してくれる。

この人たちだからこそ、発信できる新しさなんです。

ある意味、日本の舞台芸術を一歩前に進められるのって、
この人たちを置いて他にないんじゃないだろうか。

と、ここ最近そんなことを考えていて、
それは鼓童の皆さんにも、お伝えしてきました。


そして我々、伝統芸能以外を志すものたちも、
卑屈になってはいけない、そして戦略的であらねばいけない、
「誰にも理解されなくてもいい」という独りよがりでいては
いけない、徐々に地位を高める努力をしなくては…


と思った次第です。

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最後の積み込みを待つ黄色のペンスキー。

世界を回って、色々なものを吸収して、
常にアグレッシブに創作をしてほしい、
本当に鼓童は愛すべき場所でした。


いつか、また一緒にお仕事をできるといいな。



これにて旅日記は終了です。
ご精読ありがとうございました。

時差ボケまだ治りませんが。 

nanaibashi at 17:26|PermalinkComments(2)TrackBack(0)
::::最近のコメ::::