February 08, 2008

老いというもの

週あたまの2連休で実家に帰ったら、おじーちゃんが驚くほど小さくなっていた。


前回、昨年末会ったときはまだ私の顔をみて、いつ東京から着いたの?なんて言っていたのにさ。

老人は赤ん坊に戻るというが本当だ。今回は、眼をくりくりさせて私のことを物珍しげに見上げていたが、結局一言も話さなかった。


変化は訪れるものだし段階的にだから悲しくはない。父母の気苦労を思うと心が痛いが


おじーちゃん。小さくなっても私のおじーちゃんだ。

at 00:42│Comments(3)

この記事へのコメント

1. Posted by 蘭   February 08, 2008 05:27
生きてるうちに会えるだけ会っておけるといいね。
うちのおじいちゃんも小さかった。亡くなってからしか会えなかったけど。
2. Posted by べんつい   February 08, 2008 08:12
言葉はなくても、きっとおじいちゃまには
nacoちゃまの気持ちが分かっておられますよ。
私は妊娠してから夢で、
大好きだった母方の祖母が良く出てきて、
もっとこの世で会いたかったと起きた時に思うものです。
3. Posted by naco   February 15, 2008 18:01
>蘭
昨日も一泊だけ帰って来たよ。
まだ決着は着かなかったけどね。
君は海外に居たものね、、
あたしはこんな仕事だし。
だけどせっかく近いのだし、
せっせと会いに行ったわ。
>べんつい様
ほんとです、この度帰ったら、
眼も開かず、言葉こそ出なかったけど、
私に向かって手を合わせましたよ。
「ありがとう」だったのかな。
生まれる命あれば、去る命有りですね。
おばあさまきっと喜ばれているのですよ!
それとももしかして生まれ変わり?!

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