June 23, 2015
ただいま戻りました、南三陸。
遅くなりましたが、6月10、11日と、また行きました~
今回で3度目の南三陸&気仙沼、両親と!
レポートさせていただきます。

今回は両親が「行ってみたい」と言ってくれたのがきっかけ。
私もちょうどよく2連休だったので、1泊2日の強行軍でしたが
ちょうど、仮設住宅のおばあたちの様子も気になっていたので
季節もいいし、行ってきました。
震災から丸四年が経ち、果たしてどこまで復興がすすんでいるのか。
ということはもちろん気になるのですが、
今回は高齢の両親も居るし、
彼らの意思が「南三陸を楽しみたい」だったので、
初めて、観光メインの旅にしよう、ということになりました。
あたたかい季節に行くのも初めてです。
しかも絶好のドライブ日和になりました!
片道4時間半かけて、新潟から南三陸へ。
いつものルートは、東北道をずらずらーっと行って、
石巻あたりで高速をおりちゃって、そこから海沿いの風景を見ながら
2~3時間かけてのんびり北上していくのですが、
諸事情で早く目的地へ到着しなければならなかったため、
南三陸付近のインターまでずっと高速に乗って行ったので、
石巻や女川らへんの風景は見せてあげられなかったけど
とりあえず、無事にホテル観洋到着!
毎回お世話になっている、もと小泉自然楽校長、阿部さんが
絶景のお部屋を予約しておいて下さいました。

両親大はしゃぎ。
そこから少し、町の中を見て見ようと言うことになり、
阿部さんの案内で、南三陸さんさん商店街、神割崎を一周り。

こちらで買えるワカメ入り絆ロール、うまし!
あとかまぼこ、激うまし!!!お取り寄せ希望!!!

町を走り始めて目に飛び込んできた風景は…

渋滞を起こしそうなほど、次々と走ってくる、土を積んだ
何十台ものダンプカー、といそがしく働くショベルカー!
街中にどんどん、どんどん盛られている土!
やっと、やっと、ようやく、ようやく、
防波堤の高さが決まって、
町をかさ上げする高さが決まって、
町の土台作りが動き出したのです。
街中を、8.5メートルのかさ上げ。

この土が動き出すまでに、丸4年がかかったのです。
外の我々からすれば、何故?と疑問が湧くほど長い時間が
過ぎています。でも、遅くなるには、それだけ複雑な事情があるのです。
幾度となく話し合いを繰り返し、
住民、町や市、県、国の意見が食い違い、
また幾度となく話し合いを繰り返し、
色々な立場の色々な都合がぶつかりあい、
感情を吐き出し、呆れたり、疲れたり、諦めかけたりしながら、
それでも、力を振り絞って話し合いを繰り返してきたに違いないのです。
それでも、まだまだ問題は山積なのです。
遅い!
と単純に呆れるわけには、いかないのです。
動き出した土に敬意を表したい。
毎日、区画整備の都合で道路の位置が変わる事態を、喜びたい。
トラックがガンガン働いている景色は、
前に進んでいるという実感の具現化であって、
とても気持ちのいいものでした。
でもかさ上げした町区には、住宅や、寝泊まりする施設はNG。
お店だけ。人が住むのは、山手になるのです。
津波の、教訓を、活かし…
でも、それって、生活区から離れた場所で、商売成りたつの…?
100年、1000年に一度の有事のために、それだけの不便を飲むの…?
動いていく土を眺めながら、住民の方々はそんな不安を
抱えているに違いないのだ。
しかし、私は、楽しむのです!!!!!
三陸産のウニとアワビ、とても美味しかった。
もう、ご飯が、何もかも、超美味しかった!
観洋の絶景風呂、両親も喜んでくれました。

志津川湾には、牡蠣その他の養殖イカダが戻ってきていました。
もう、見渡す限りの養殖イカダ。昨年来た時の3倍くらい。
おかえり

翌日もよく晴れて、まずはホテルの出している語り部バスに乗り、
震災時のお話を伺い、現在の町を見て回り、現状確認。
壊せ!
嫌だ!
壊せ!
じゃあ、壊す!
待て!壊すな!
いや、金がかかるからもう壊す!
じゃあ、金をやるから壊すな!
というおかしなおかしな議論が4年も続いている
防災対策庁舎に花を手向けました。

両親も、阿部さんの説明を聞き、うなずくことしきり。

志津川湾の観光遊覧船にのって湾をひとまわり。
ウミネコすごい!!大歓迎してくれました。エサあげたら。

これが、牡蠣筏(イカダ)。

田束山(たづかねさん)にハイキングに行って、
三十三観音と不動明王を拝み、湾を一望。気仙沼まで見えました。

そして、仮設住宅のアイドル、小泉モデルクラブの面々に再会!

この元気なおばーちゃんたちには、毎回、料理を教わったり、
お世話になっています。いっつも笑いが絶えなくて逞しい、
美女軍団。

母もメンバーに加入を希望。「まだ若すぎる!」と言われちゃう始末。

会えて、よかった!
来年6月には、仮設の撤去が予定されているそう。
5年に渡る仮設生活は本当に終わるのでしょうか。
そして、このなかよしのおばーちゃんズは、バラバラになって
しまわないのでしょうか。
色々な心配はあるけれど、きっと、美女軍団ならやってのける!
と信じさせてくれる、笑い声でした。

震災がなければ出逢えなかったけど、
震災とは関係なく、魅力的な南三陸。
そして実際のところ、震災があったからこそ魅力的な南三陸。
志津川湾から昇る朝日を見ながらお風呂に入りにきませんか!
ぜひ、多くの人に訪れてもらいたい町です。
ちょっと興味ある~という方、遠慮なくご連絡下さい。
阿部さんが面倒みてくれます、サークルや企業さんでも歓迎だそうです。
私の過去の記事もぜひお読みください。
2013年8月、仕事で女川町へ行き衝撃体験した際の記事。
2014年1月に初、極寒の南三陸に潜入した際の記事。
2014年3月、友達たくさん連れてすぐ戻った際の記事。
2014年3月に参戦してくれた友達の感想。
今年の夏も、ボランティアまだまだ募集!
もう「労働」というカテゴリーではないけれど、
地域が必要としている「交流」「学び」「互助」、まだまだできます。
①8/17~22 小泉地区仮設住宅交流プログラムプロジェクト
②8/17~22 小泉公民館落成記念郷土料理作り交流プロジェクト
③8/17~21 小泉地区中学生交流プロジェクト
その他8/13~16日で子ども夏祭りの互助ボランティアあります。
ひとりでも、団体でも、サークル、ゼミ、企業でも参加でき、
土日のみの参加や短期でも大丈夫。
参加資格は12歳以上の心身ともに健康な方です。
募集期間は7月31日までとなっております。
詳細はボランティアインフォ をご覧いただくか
とりあえず私にご連絡下さい。
とにっかく一度行くといいと思います。
海が、最高にきれい。
飯が、最高にうまい。
片道4時間半、運転ありがと~おとん。
レポートでした!
今回で3度目の南三陸&気仙沼、両親と!
レポートさせていただきます。

今回は両親が「行ってみたい」と言ってくれたのがきっかけ。
私もちょうどよく2連休だったので、1泊2日の強行軍でしたが
ちょうど、仮設住宅のおばあたちの様子も気になっていたので
季節もいいし、行ってきました。
震災から丸四年が経ち、果たしてどこまで復興がすすんでいるのか。
ということはもちろん気になるのですが、
今回は高齢の両親も居るし、
彼らの意思が「南三陸を楽しみたい」だったので、
初めて、観光メインの旅にしよう、ということになりました。
あたたかい季節に行くのも初めてです。
しかも絶好のドライブ日和になりました!
片道4時間半かけて、新潟から南三陸へ。
いつものルートは、東北道をずらずらーっと行って、
石巻あたりで高速をおりちゃって、そこから海沿いの風景を見ながら
2~3時間かけてのんびり北上していくのですが、
諸事情で早く目的地へ到着しなければならなかったため、
南三陸付近のインターまでずっと高速に乗って行ったので、
石巻や女川らへんの風景は見せてあげられなかったけど
とりあえず、無事にホテル観洋到着!
毎回お世話になっている、もと小泉自然楽校長、阿部さんが
絶景のお部屋を予約しておいて下さいました。

両親大はしゃぎ。
そこから少し、町の中を見て見ようと言うことになり、
阿部さんの案内で、南三陸さんさん商店街、神割崎を一周り。

こちらで買えるワカメ入り絆ロール、うまし!
あとかまぼこ、激うまし!!!お取り寄せ希望!!!

町を走り始めて目に飛び込んできた風景は…

渋滞を起こしそうなほど、次々と走ってくる、土を積んだ
何十台ものダンプカー、といそがしく働くショベルカー!
街中にどんどん、どんどん盛られている土!
やっと、やっと、ようやく、ようやく、
防波堤の高さが決まって、
町をかさ上げする高さが決まって、
町の土台作りが動き出したのです。
街中を、8.5メートルのかさ上げ。

この土が動き出すまでに、丸4年がかかったのです。
外の我々からすれば、何故?と疑問が湧くほど長い時間が
過ぎています。でも、遅くなるには、それだけ複雑な事情があるのです。
幾度となく話し合いを繰り返し、
住民、町や市、県、国の意見が食い違い、
また幾度となく話し合いを繰り返し、
色々な立場の色々な都合がぶつかりあい、
感情を吐き出し、呆れたり、疲れたり、諦めかけたりしながら、
それでも、力を振り絞って話し合いを繰り返してきたに違いないのです。
それでも、まだまだ問題は山積なのです。
遅い!
と単純に呆れるわけには、いかないのです。
動き出した土に敬意を表したい。
毎日、区画整備の都合で道路の位置が変わる事態を、喜びたい。
トラックがガンガン働いている景色は、
前に進んでいるという実感の具現化であって、
とても気持ちのいいものでした。
でもかさ上げした町区には、住宅や、寝泊まりする施設はNG。
お店だけ。人が住むのは、山手になるのです。
津波の、教訓を、活かし…
でも、それって、生活区から離れた場所で、商売成りたつの…?
100年、1000年に一度の有事のために、それだけの不便を飲むの…?
動いていく土を眺めながら、住民の方々はそんな不安を
抱えているに違いないのだ。
しかし、私は、楽しむのです!!!!!
三陸産のウニとアワビ、とても美味しかった。
もう、ご飯が、何もかも、超美味しかった!
観洋の絶景風呂、両親も喜んでくれました。

志津川湾には、牡蠣その他の養殖イカダが戻ってきていました。
もう、見渡す限りの養殖イカダ。昨年来た時の3倍くらい。
おかえり

翌日もよく晴れて、まずはホテルの出している語り部バスに乗り、
震災時のお話を伺い、現在の町を見て回り、現状確認。
壊せ!
嫌だ!
壊せ!
じゃあ、壊す!
待て!壊すな!
いや、金がかかるからもう壊す!
じゃあ、金をやるから壊すな!
というおかしなおかしな議論が4年も続いている
防災対策庁舎に花を手向けました。

両親も、阿部さんの説明を聞き、うなずくことしきり。

志津川湾の観光遊覧船にのって湾をひとまわり。
ウミネコすごい!!大歓迎してくれました。エサあげたら。

これが、牡蠣筏(イカダ)。

田束山(たづかねさん)にハイキングに行って、
三十三観音と不動明王を拝み、湾を一望。気仙沼まで見えました。

そして、仮設住宅のアイドル、小泉モデルクラブの面々に再会!

この元気なおばーちゃんたちには、毎回、料理を教わったり、
お世話になっています。いっつも笑いが絶えなくて逞しい、
美女軍団。

母もメンバーに加入を希望。「まだ若すぎる!」と言われちゃう始末。

会えて、よかった!
来年6月には、仮設の撤去が予定されているそう。
5年に渡る仮設生活は本当に終わるのでしょうか。
そして、このなかよしのおばーちゃんズは、バラバラになって
しまわないのでしょうか。
色々な心配はあるけれど、きっと、美女軍団ならやってのける!
と信じさせてくれる、笑い声でした。

震災がなければ出逢えなかったけど、
震災とは関係なく、魅力的な南三陸。
そして実際のところ、震災があったからこそ魅力的な南三陸。
志津川湾から昇る朝日を見ながらお風呂に入りにきませんか!
ぜひ、多くの人に訪れてもらいたい町です。
ちょっと興味ある~という方、遠慮なくご連絡下さい。
阿部さんが面倒みてくれます、サークルや企業さんでも歓迎だそうです。
私の過去の記事もぜひお読みください。
2013年8月、仕事で女川町へ行き衝撃体験した際の記事。
2014年1月に初、極寒の南三陸に潜入した際の記事。
2014年3月、友達たくさん連れてすぐ戻った際の記事。
2014年3月に参戦してくれた友達の感想。
今年の夏も、ボランティアまだまだ募集!
もう「労働」というカテゴリーではないけれど、
地域が必要としている「交流」「学び」「互助」、まだまだできます。
①8/17~22 小泉地区仮設住宅交流プログラムプロジェクト
②8/17~22 小泉公民館落成記念郷土料理作り交流プロジェクト
③8/17~21 小泉地区中学生交流プロジェクト
その他8/13~16日で子ども夏祭りの互助ボランティアあります。
ひとりでも、団体でも、サークル、ゼミ、企業でも参加でき、
土日のみの参加や短期でも大丈夫。
参加資格は12歳以上の心身ともに健康な方です。
募集期間は7月31日までとなっております。
詳細はボランティアインフォ をご覧いただくか
とりあえず私にご連絡下さい。
とにっかく一度行くといいと思います。
海が、最高にきれい。
飯が、最高にうまい。
片道4時間半、運転ありがと~おとん。
レポートでした!